親を怖れる気持ちから解放されたい

はてなブログ10周年特別お題「10年で変わったこと・変わらなかったこと

 

 この10年で変わったことは山ほどありますが、タイトル通り、親を怖れる気持ちは変わらず…。そろそろ解放されたいという気持ちで書いています。なので、親とのよくない関係をダラダラ吐き出すように書いて、スッキリしたい!というような内容になってます。

 

 10年で変わったことはいろいろありました。住まい、就職、お酒を飲むようになったこと、お化粧を多少するようになったこと、趣味の変遷、恋人が出来たこと、考え方、勉強してみたいと思うことの内容…。変わってないことを見つけるのが大変なくらいです。そんな中でどうしても変わらないなと思うのが、タイトルにもあげた「親を怖れる気持ち」です。

 

 

 小さい頃から、結構親のご機嫌を窺ってきました。昔の私は今以上に無神経なところがあって、父親曰く私が母親の機嫌を損ねるようなことを言っていたらしく、それで母の機嫌が悪くなり、その後は針の筵でした。まあつまり私が悪いらしいのですが、「前はいいって言ったのに、今日は怒られる!」みたいなダブルバインドが多いのは結構きつくて、泣こうと思ってないのに勝手に涙がぽろぽろ出てきて、こっちだって泣きたくて泣いてるわけじゃないのに、それで一層怒られる…そんな繰り返しでした。

 

 小学生の時は塾が忙しくて家にいる時間はそんなに長くありませんでした。そのため、あんまり機嫌云々は感じませんでした。塾の予定を縫って、いろんなところに遊びに連れていってもらって、子供ながらに(こんなに遊んでで大丈夫なのかな?)と思っていました。遊ぶ時は楽しかったです。

 怒られる時は、体調悪い時と、模試の結果が悪い時でした。母は体調が悪い人が嫌いで、「絶対感染る!」と文句を言ってました。こっちは体調悪くて参っているのに、何で更に怒られにゃならんのかと理不尽に感じてました。薬が苦手で飲み込めず吐き出すと、飲め飲めと無理矢理突っ込まれたこともあったり、飲まないなら病院で注射してもらうと脅されたり、あれは一種トラウマですね。病院が怖いのはそのせいもあるのかもしれない。

 

 中学・高校は塾を辞めて、学校生活としてはかなりのんびりしていたのですが、その分家にいる時間が長くなりました。そこで気づいたのが、両親の関係が思ったほど良くなかったことです。母親は嫁姑問題にずっと悩んでいて、父親が板挟みになっていたり、地域の一部の人にいじめられたりして、母は母で大変だったようです。それでしょっちゅう(一方的な)言い合いになっていました。部屋にいると、階下ではすごく言い合いをしている…あまり快適な住環境とは言えませんね。

 私はこのあたりから、「将来何をしたいのか」と言われることが多くなりました。将来の夢なんて、考えとけと言われても思いつくようなものでもありません。それでも、何にも言わないと怒られてしまうので、適当なことをいくつか考えて言いました。そうすると、「その仕事はこんなに大変だ」「あんたは体力がないから無理だ」「容姿が優れていないから無理だ」と散々でした。聞かれたから無いなりに答えただけなのに。これも一種トラウマですよ。

 さて、そんな「将来何したい」攻撃の中、テキトーに答えてOK出されたのが唯一「教師」でした。別になりたいと思ったことなんか一度もありません。学校は好きでも嫌いでもありませんでした。すると今度は、「先生になりたいんだったらどうしてもっと勉強しないの」が始まりました。まず前提が間違ってますから、そりゃ「どうして勉強しないの」ではないですよ。でも、矛盾するかもしれませんが、勉強はそこそこ好きでした。暗記は普通に嫌いでした。

 

 大学生になって、親元を離れます。すると、今度は何かあるたびに「学校辞めさすからね!」が始まりました。今思えば、奨学金でもなんでも借りればよかったのかなと思いますが、当時は親に頼るしか無いと思っていたので、親の言う通りにしました。うどん屋でバイトを始めましたがすぐ辞めたり、インターンシップに行こうと思っていた先が小さな企業だったので辞めたりしました。どちらも辞めさせられたが近かったです。そうじゃなきゃ学校辞めさすと言われたからです。友人と話すと、学校辞めさすなんて言われたことがある人はいなくて、驚きました。羨ましく思ったのも覚えています。

 

 社会人になり、幸い親に頼らなくてもなんとかやっていけるようになりました。それなのに未だ、恋人が出来れば「背が低くて気に入らないから別れろ」だの、引っ越しをしようとすれば「コーポなんか住むのはおかしいからやめろ」だの、仕事に違和感があって転職を考えていると話したら「転職なんか絶対反対だ」と言われてそれからしばらく電話が繰り返し鳴るなど、どう考えてもおかしな介入が繰り返しあります。実家暮らしでなくて本当に良かった。もし実家に住んでいたら、寝る時間まで介入されてます。

 機嫌が良い時はいいんです。仲良くしてます。私もおかしいと思いながら、密に連絡を取り続けていたのがまずおかしかったんだと気づきました。

 

 このコロナ禍で、なかなか実家に帰れない日が続いています。最後に両親と直接会ったのは1年半以上前ですし、一度引っ越しをしてからは連絡頻度もかなり下がりました。これで良いんだと思っています。それでもまだ、親に何を言われるだろうかと不安に思っている自分もいます。

 30目前になってようやく気づいたのは遅すぎるという人もあるでしょうが、今後は自分の人生なんだし、好き勝手させてもらおうと思います。もちろん、自己責任で。